loading...

JAET

Cover Screen

2026.8.9

(解説)OECDティーチングコンパスをひもとく(4) | 羅針盤を失う3つのリスク

会員の皆様に解説記事をお届けする企画です。今回は「OECDティーチングコンパスをひもとく」シリーズをお送りします。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科(博士後期課程)に在籍する学生たちに解説を担当していただきました。それぞれが関心をもった考え方や用語についてご紹介いただいております。最前線で学術研究に取り組む学生たちが、何に興味をもっているのか、ぜひご期待ください。

広報委員会

羅針盤を失う3つのリスク

東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科/鳴門教育大学 土井国春

OECDティーチングコンパスでは、次の3つの自己概念が定義され、構成要素が示されています。

  • Being-教師としてどうあるか-:存在・真正な自己認識・自己理解
  • Belonging-誰とどうつながっているかー:居場所・所属感・関係性ー相互に支え合う関係・場所
  • Becoming-どうなっていくか-:自己認識・自己理解の継続的な変化・変容・成長

これらを統合した自己概念を継続的に築いていくことで、専門職エージェンシーとウェルビーイングを支える全人的な教師としての基盤を確立し、同時に教師としての専門性や態度を高めていくことが求められます。

この自己概念こそが、ティーチングコンパスの中核だとされます。

自らの中にティーチングコンパスの中核である自己概念を意図的に育んでいるかどうかが、変化の激しい社会においてティーチングコンパスを頼りに進むべき方向を見極めながら前進できるかどうかの分水嶺になります。

また、自らを深く理解する自己認識をもとに実践を省察する学びの循環をつくること、積極的な自己管理としてセルフケアを実践することを通して、自己概念を強化することができると言われます。

しかし、変化の激しい社会にあって、ティーチングコンパスが機能しない場面が起こりうることも想定されています。次の3点はその典型を示したものです。

Spinning Needle(回転する針:注意散漫、集中力の喪失、あいまいな目標)

自己概念である「内なる錨」が揺らぐと、ティーチングコンパスは進むべき道を指し示さなくなります。その状態を形容した表現のようです。

「AI支援」「児童生徒中心の学習」などの大きな方向目標のもとに、その効果が期待される新たなテクノロジーや手法が、明確なガイドラインのないまま導入されることによって、教師の認知的オーバーロードを引き起こし、結果、ウェルビーイングも低下させてしまうことが想定されます。

GIGAスクール構想によって整備されたデジタル学習基盤をフル活用した「新しい学び」が全国各自治体で生まれ、実践を繰り返す中でその質の向上が図られています。それらの地域では、先生方が「子ども主体の学び」を目指し、専門性アイデンティティを発揮して、過去の日本の教育財産に学びつつ、デジタル学習基盤を前提とした新しい学びを作り上げています。その実践の基底にある教師の信念や目的意識、動機や志に学ばず、「ハウツー」として取り入れようとすることは、このSpinning Needleを引き起こすことになるかもしれません。変革の時だからこそ、教師のアイデンティティや目的意識を明確に持たなければいけないとの指摘に強く賛同します。

Drifting Off Course(意図した航路から外れる:エンゲージメントの喪失、教育目標の狭まり、説明責任のパラドックス)

自動化され集積される教育データの分析、標準化された評価指標の活用などに過度に依存することが、本質的で、測定困難な教育を軽視することにつながっている危険性を形容した表現です。

教育データの利活用によって可視化され、形成的アセスメントがより効果的になり、指導改善、学習支援が進むことも事実である一方、数値化、定式化しにくい創造性や社会情動的発達、関係性の構築など「全人的な成長」を含む教育に対する取り組み、評価等が疎かになるのではないかという危惧も予見されます。

GIGAスクール構想によって、子どもたちの学習履歴、学習記録の蓄積は膨大なものになっています。しかし教師の指導が紙ベースの旧来のままではその貴重な教育データを、授業改善や学習支援に生かすことは難しいです。ここに、教育データの利活用をもとにしたデータ・ドリブン型の手法を取り入れる意義が生まれます。学習履歴や学習記録の収集や整理が自動化され、アセスメントや評価、意思決定に用いる材料が整えられることは望ましいことですが、価値判断まで自動化される仕組みだとしたら、「自らコントロールできない不透明なテクノロジーによって提示された結果に対して責任だけを負わされていると感じやすくなる」のは自明だと思います。教師としてどうあるか、どうなっていくのかについて常に自問し続けることが正しい航路を進む秘訣なのだと思います。

Magnetic Distortion(磁気の歪み:アンコンシャスバイアス、外圧、判断力の歪み

どんなに緻密に精巧に作り込まれたAIソリューションであっても、現場の実情を勘案した人間の判断から切り離されたものであったとしたら、そこで下される「教育的判断」には目に見えない狂いが生じることを形容した表現のようです。

「擬人化されたAIへの過度な信頼」が新たな危険として認知されています。自らの信念や教育学的直感よりもAIの判断を信頼してしまうといった教師の専門家としての判断の歪みが起こり始めています。

「AIの回答は誤りを含むことがあります。回答内容は必ずご確認ください」との定型句がかすむほどに、AIの日進月歩の進化に驚き、信頼を寄せる日々ではないかと思います。圧倒的な情報量を圧倒的な速度で収集、整理、分析し、回答、提案までしてくれる生成AIに「過度に依存」しない方が難しい時代になってしまいましたが、少なくとも、子どもたちに対して行う指導や支援、そのもとになる専門的判断、意思決定については「歪み」の介在を最小限にする心がけが必要だと感じます。

上述の3つの状態を未然に防ぐために、「内なる錨(自己認識)」を安定して維持することが求められます。

レジリエンス、革新性、持続可能なコミットメントを育み、教師と学び手の双方に恩恵をもたらすとされる「内なる錨」。これを保ちつつ、コンパスを健全に機能させ続けるために、教師一人一人が、自分の偏見に気づき自己の言動を客観視する「自己認識」、AARサイクル(見通し・行動・振り返り)を回しながら内省、省察すること、「積極的な自己管理」としてセルフケアを行いながら、「効果的な教育とは何か」を追究し続けることが大切だとされます。

これらのリスクの中で、私が最も考えさせられたのは Magnetic Distortion です。生成AIは圧倒的な速度と情報量で、もっともらしい根拠を添えて回答や提案をしてくれます。その「流暢さ」ゆえに、こちらが疑うことなく、いつの間にかAIの判断を自分の判断であるかのように受け入れてしまうことがあるように思います。生成AIの圧倒的な情報の検索量によって、「本当にそうか」と問い直す必要性を感じない、問い直さないようになる認知的な降伏の状態になっているのではないかと反省しています.

生成AIは学習にも社会活動にも不可欠になってきています。この流れは変わらないと思います。だからこそ、生成AIを活用するすべての人が、生成AIの提案を鵜呑みにせず立ち止まる仕組みを、意識的に自分の中に持っておく必要があると感じます。AIの提案を取り入れる前に「なぜ自分はこれを良いと判断したのか」を自分の言葉で説明できるかを自問すること、重要な指導・評価に関わる判断は、AIの提案を「たたき台」として受け止め、他者との対話を経てから決めること、意図的に「AIを使わずに考えてみる」機会を自分に課すことなど、判断の歪みを少しでも防ぐ具体的な工夫が必要だと思います。判断の最終的な拠り所は、あくまで自身の「内なる錨」であるべきだと改めて感じています.


(出典)

OECD Teaching Compass:

https://www.oecd.org/en/publications/oecd-teaching-compass_8297a24a-en.html

OECD ティーチング・コンパス(教師の羅針盤):日本語訳

https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/about/projects/edu/education-2040/teaching-compass/Teaching%20Compass%20full%20document_Japanese%20translation%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%B9%20REV.pdf